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葬儀(そうぎ)、葬式(そうしき)とは、人のを弔うために行われる祭儀、葬制の一部である。

葬儀の様式にはそれを行う人たちの死生観、宗教観が深く関っており、宗教の違いがそのまま葬式の様式の違いになる。また葬儀は故人のためだけでなく、残されたもののために行われるという意味合いも強くある。残された人々が人の死をいかに心の中で受け止め、位置付け、そして処理するか、これを行うための援助となる儀式が葬儀である。その意味で葬儀は、宗教が文明に発生する以前の旧石器時代から行われてきていた宗教的行為であるといえる。

歴史

現在、発見されている歴史上初めての葬儀跡と言われている物が、イラク北部にあるシャニダール洞窟で見つかっている。この洞窟の中には約6万年前と推定されるネアンデルタール人の骨が見つかっており、その周辺にはこの洞窟から見つかるはずの無い花粉が見つかったと報告されている。この事を死者を弔うために花を死体の周りに添えたと解釈している。

葬儀の様式

仏教

日本の葬儀の大部分は仏式で行われている。

浄土真宗日蓮宗を除き日本の伝統仏教においては、葬儀は死者に対する授戒成仏が主たる意味を持つ。つまり、死者を仏弟子となるべく発心した者とみなし、戒を授け成仏させるための儀式である。

浄土真宗では教義上、無戒のため授戒はなく、阿弥陀如来に帰依し宗祖親鸞の教えを守ることを誓願する帰敬の式となる。迷信を忌む宗風から、日や方角の吉凶を選ぶ、守り刀、逆さ屏風、左前の死装束、北枕、六文銭の副葬、振り塩などの習俗は、原則としておこなわない。

日蓮宗では法華経を受持すること自体がすでにを保つことであるとして死後あらためて受戒を行わないが、地域によっては通夜の際に受戒作法を行う場合もある。

葬儀の流れは宗派や地方により多少異なるが、大まかな流れは、まず死後すぐに枕経を行い湯灌(遺体を拭き清める)をした上で納棺し通夜を行う。翌日に葬儀と告別式を行い火葬・拾骨(又は土葬)する。現代においては、会葬者が頻繁に集えないことや会場が葬儀場で営まれることなどから、本来7日後に行なう初七日を引き続いて行なうことが多い。初七日は火葬を終えて自宅に帰る途中に所属寺院(菩提寺)に立ち寄って行われるか、自宅に帰り、還骨のお経を兼ねて行われることが多い。有名人などの葬儀で、密葬を行ったうえで本葬を行う場合、本葬終了後に初七日を行うケースもあり、この場合は死後7日以上経過していても初七日として法要が行われる。

遺族は、死者の追善を7日ごとに49日間行うものとされ、この期間を中有または中陰と呼ぶ。初七日はその最初の法要である。現代では、この7日ごとの法要を全て行うことは稀で、初七日と七七日の法要のみを行う場合が多い。七七日法要は一般に壇払い、または壇引きと呼ばれるもので、死者の遺骨や位牌を安置していた中陰壇を取り払うことからこのように呼ばれる。壇払いを済ませると服喪期間が終了し、遺族は日常の生活に戻る。

日本における葬儀の慣習

  • 通夜は古代の殯(もがり)に発している。告別式の前夜祭の形態をとる。
  • 火葬場に向かう道と帰り道は同じ道を通らない。
  • 葬儀終了後に清めのを撒く(ただし、これは神道由来の慣習であって、死を穢れとみなさない仏教の教義に反すると考える意見もあり、近年では行われないケースもある)。
  • 遺体を安置する場合には、魔除けとして刃物を置く。これを守り刀と呼ぶ由来は武士の社会で、刀によって魔を斬るといった意味や魔物の使いとされていた猫が光り物を嫌がるので刀を置くことが魔よけとされた。
  • 告別式は友引の日を避ける。これは“友を(死に)引かない”よう配慮するためであり、そのために多くの火葬場の休場日となっている。

神道

神道での葬儀は神葬祭と呼ばれる。神道では死を穢れたものと考えるため、聖域である神社では葬式は決しておこなわず、故人の自宅か葬斎場で行うことになる。現在の形の神葬祭は江戸時代に儒式葬をもとに考案されたものである。式の際には、中央の祭壇遺影を置き、祭壇の奥に置かれたの後方に、銘旗と呼ばれる故人の名前が書かれた旗が立てられる。そしてその周りに灯明、供物などをあしらえる。

式の大まかな流れは、まず神官が遺族と参列者および会場を祓い清める。そして遺族が祖霊に供物をお供えをしする。神職は祝詞を奏上し、故人の生前の業績を述べ遺徳をしのびつつ、祖霊となって遺族を守ってくれるよう願う。参列者は玉串をささげて、二拝二拍手一拝をおこない故人をしのぶ。このとき拍手は、音を立てない「しのび手」でおこなう。

また神道では、墓所を「奥津城」「奥つ城」(おくつき)と呼び、墓石にも「○○家之奥津城(奥都城)」と表示している家が多い。位牌を祀る場合は仏壇の代わりに御霊舎(みたまや)を置いている。

無宗教

特定の宗教に依存しない葬儀もある。故人の宗教観や、会社/団体葬などの場合に行なわれることがある。宗教に依存しないと言っても、仏式における読経の部分をなくし、通夜、告別式等は通常通りに行なわれるだけの場合もある。

特定の決まりはなく、式次第は主催者の裁量にゆだねられる お参りの方式も献花や焼香と特に決まりは無く、自由度が高いがその分 具体的なイメージがなかなか描きにくい部分もある。

一般的には、黙祷、送る言葉(弔辞)、献花or焼香といった形で進行する

葬祭業

葬儀は近親者が執り行なうのが基本である。しかし、葬儀は短期間で大量の事務処理をこなさねばならず、また、非常に頻度が低い行事のため、一般人のみで行なうのには限界がある。そこで、葬祭をサポートするサービス業として、葬祭業がある。事業免許はなくだれでもはじめられるが、遺体、宗教、関連法規など多岐にわたる知識が要求される

従事するものの技能を審査するべく、「葬祭ディレクター技能審査」が厚生労働省の認可の元実施されている。設営、司会、進行には専門知識が必要であり、技能者としての技量が発揮されると、よい葬儀が行われることであろう。また、霊柩車は特定の貨物輸送となり、運送業の許認可が必要である。

その他

地方によっては一般住民の葬儀についても新聞に掲載されることがあるが、この情報を悪用し、葬儀で留守になった住宅を狙った窃盗事件が発生しているので、防犯にも留意する必要がある。



自分らしいお葬式を・・・と考えてはいてもそれを生前から言葉にして身近な人に伝えておかなければ何にもなりません。親族も「いざその時」になったら気が動転して結局は全て葬儀屋さん任せで従来と変わらないお葬式になってしまいかねません。自由葬とか家族葬と言っても具体的なイメージがつかめなかったのが、この本を見るととても分かりやすく写真入りで説明されています。大まかな予算も載っていて目安になります。「普段の時」に葬式の本なんて、縁起でもない・・・と思う方もいるでしょうが、こういう事こそ何事もない「普段」に目を通しておくと「いざという時」にきっと役に立つことがあるような気がします。

日常生活では、全く意識していない身内の死。なんとなく表紙が変わってたので読んでみると、家族が死んだ時の大変さに、初めて気づかされた。 実例形式で書かれているため、その「大変」な場面のリアルな状況が伝わってくる。私もまだ、両親が健在なので、意識したことがなかったけれど、なるべく早い時期から、お葬式や戒名などの知識を、最低限備えておくことの重要性を知らされた。

葬式の値段にはウラがある、なんて、小学生でもうすうす知ってること。 だけど、値切れない。突っ込めない。それが葬式。 そんな諦めの常識を覆してくれました。 それにしても高く取られたお金がこんなところに流れているなんて!!と色々ビックリ。 これを読んだら悪徳葬儀屋の「そんなんじゃ仏さんが浮かばれませんよ」 というセールストークに「こんなぼったくりじゃうちの仏はかえって成仏できませんよ」と反論できるというもの。 悪徳葬儀社をたたくに留まらず、優良な葬儀社の選び方が添えられているのもミソ。 幸いまだ父も母も元気なので、親子で読んで参考にしたいと思います。

葬儀後の法要、諸手続き、相続の手順などについて、分かりやすく説明してあります。自分が葬儀をする側になってみると、普通の人にはそのような経験があまりないだけに、何をすれば良いのか途方に暮れてしまいます。この本は、葬儀前後のバタバタと忙しい時にも、「具体的に今後どうすればよいか」が一通りサッと頭に入るよう、必要な情報が過不足なく盛り込まれているため、実際にそのような状況で読んでみて有益でした。

父が急逝し通夜・告別式で挨拶をすることになり、本屋で急いで買ってきた。スピーチはおろか、葬儀のあれこれなど全く知らなかったので助かった。 使い方としては、必要なページを破いて必要な部分を書き換え・書き加えて、システム手帳にはさんで会場に。 ほんとに助かりました。

冠婚葬祭、挨拶、お付き合い、ビジネス、手紙などのマナーをイラスト入りでわかりやすく紹介する。先人たちの知恵として受け継がれてきた作法から、携帯電話やEメールなどに関する新しいルールまで網羅。

葬儀の価格について書かれた本では一番ドライで簡潔に書かれている。聖職者でも葬儀屋でもないからであろう。目次がそのままインデックスとして使えて事典としても便利である。難解な法律論や死生観に踏み込まずに現代の葬式を考えるのには適当な一書。

いかに日本の葬式、葬儀屋がいい加減か、金儲け主義に走っているかが軽いタッチで書かれた本だった。たとえば僧侶に渡すお布施の約4割近くは葬儀屋へ流れることなど、表に出ていなかった業界のハレンチな(非)常識が次々と露呈。呆れるやらバカらしくなるやらで、驚かされるばかりだった。章の合間にあるサブカルチックな実録漫画もユニーク。まさに自分のみならず、身内が死ぬ前に読んでおきたい、といったところ。

女子大生が火葬場でアルバイト!?と、最初はそのミスマッチさにびくりしました。でも、読んでみると火葬場を通して出会った仏様や、そこから著者が受け取るメッセージ一つ一つにとてもじ〜んときて感動しました。一日一日を大切に、もう二度と戻ってこないこのときを大切にして生きていこうと思いました。”生きること”や”命の大切さ”について気づかせてくれる本です。素直に表現してあるので、とてもわかりやすくて心に響きます。友達にも勧めています。
葬儀社が先を争うように、葬儀・年忌専門の会館を建設している昨今、葬儀は変わりつつあるという認識はあるものの、これを積極的に研究課題として取り上げている例は少ないと言わざるを得ない。本書ではさまざまな角度から現代の葬儀の変質について研究した報告をまとめたもので、葬儀を研究しようとする場合には、先行研究として挙げられるであろう事例が多く取り上げられており、興味深い内容となっている。国立歴史民俗博物館による資料調査に基づき、日本の葬儀史の泰斗・新谷尚紀氏が中心に編み上げたもので、クオリティも十分である。

弔辞の基礎知識を解説し、社葬や一般の葬儀における様々な立場での弔辞と親族代表など遺族側の挨拶文例を紹介。ポイントを参考にアレンジすれば簡単に弔辞原稿が作成できる。弔辞・あいさつの言葉遣いについても説明する。
興味を引くためか、「抜け穴」というタイトルがついていますが、けっこうマジメな本です。日常、知っておいて損は無い法律を、マンガのストーリーの中でスッと理解することができます。体系的に勉強するための本ではありませんので、「ラクに勉強しよう」という法学部の学生には向きませんが、一般の人には、身近な事例から法律の考え方を感じることができます。

お墓、戒名、自然葬、生前葬なんてシビアな話を、時に深刻に、ホロッとする話とともに、時に楽しく、「生きている今」を見つめ直せるように書かれている。 読み終わると、ふと、「人はいつまでも生きているわけじゃないんだ」と改めて気づかされた。友人知人には、会えるときに、会っておかないと。時間は止まってくれない。自分に残された「自由にできる時間」はあとどれくらい残っているんだろう? そんなことを考えてしまう。
この映画がつくられたころ、日本映画は低迷期にあった、と私は思います。そんなかで、登場したのが伊丹十三監督の第一作「お葬式」でしたが、葬式そのものにスポットをあて、普段、なにげなく、自然と行っている葬式なるものの不可解さ、可笑しさをそのディテールスを丁寧に描くことで、監督の狙い通り、喜劇ではないが、リアリティがあって、可笑しみのある新しい日本映画の世界を構築した記念碑的な作品ではないでしょうか。そして、見る側に、そういえば、なんであんなことをするのかなあ、と気づかせてくれます。
キリスト教と日本の伝統的な葬祭文化は、どうしたって矛盾する部分が少なくない。でも、自分のまわりで暮らしている隣人たちと上手に付き合っていきたい、と思うのは、宗教を超えた人情だ。そして、できることなら、日本人の生活にフィットするキリスト教を、今後つくりあげていきたい。そうした信心と誠実な思いから書かれた、実践的な本である。
お葬式といえば誰もがすぐに坊さんを思い出す。そのせいか日本では、「葬式仏教」などという言葉が生まれている。つまり、仏教は葬式・法事のためにある、いな、そのためのものでしかないというわけだ。そして、誰もがそのことに対して疑問をいだいている。それなら…ということで、著者は仏教の原典、つまり釈迦の経典までさかのぼって検証してみた。驚くなかれ、そこには…。一般市民の無知につけ込んで暴利をむさぼっていた坊さんも坊さんなら、それを放っておいた私たちも私たちである。




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