|
スティーヴン・キング作品タイトル一覧
[無料占い]
[無料ゲーム]
スティーヴン・エドウィン・キング(Stephen Edwin King, 1947年9月21日 - )はディーン・R・クーンツと並ぶアメリカのモダンホラー小説家で、世界的なベストセラー作家である。1974年に長編『キャリー』でデビュー。ジャンルはおどろおどろしいホラーであるにもかかわらず、作品には必ず人間味を感じさせる要素を織り込んでいる。ホラーばかりではなく、「ショーシャンクの空に」や「グリーンマイル」など人々を感動させる話題作を書くことでも有名である。ちょっと不思議な話も多い。彼の多くの作品が映画化またはTV化されている。
略歴
スティーヴン・E・キング(以下キングと呼ぶ)は、1947年米国メイン州のポートランドで、スコットランドとアイルランド人の祖先を持つ、父ドナルドと母ネリー・ルース・ピルズベリーの間の第2子として生まれる。 幼少期に両親は離婚し、その後キングの母は祖父母の面倒を見ながら働き、兄デイヴィッドとキングの2人を育てあげる。
1966年に高校を卒業後、オロノにあるメイン大学に入学し、1970年に卒業する。 大学2年から学内新聞の「ザ・メイン・キャンパス」のコラムを毎週書くようになる。
キングはタビサ・スプルースと、大学時代図書館でのアルバイト中に知り合い、1971年の1月に結婚する。 結婚してまもない頃、キングは男性雑誌に小説を売り続け、この時代に書かれた短編は、「深夜勤務(原題:Night Shift)」にその他の作品と一緒にまとめられている。
同年の秋、キングはメイン州の公立高校ハンプトン・アカデミーで英語のクラスを教え始める。 この間は、小説は夜間や週末に執筆することで、創作活動を続けていった。
1973年の春に、米国大手出版会社のダブルデイ社が小説「キャリー(原題:Carry)」の出版を引き受けたことで、キングは教職を離れ、小説家として一本立ちする決心をする。
「キャリー」は1974年の春に出版され、その後映画化されてヒットする。同年の秋キングはメインを離れ、コロラド州ボルダーに移り住み、一年弱の滞在の間、コロラドを舞台とした「シャイニング(原題 Shining)」を書く。 1975年の夏メイン州に戻り居を構えて、ボルダーを舞台とした「ザ・スタンド(原題:The Stand)」を書き上げる。 「デッド・ゾーン(原題:The Dead Zone)」シリーズもこの時期に書かれる。
キングとタビサの間には3人の子供がいる。名前はナオミ・レイチェル、ジョー・ヒル、オーウェン・フィリップといい、 また現在3人の孫がいる。
映像化作品について
彼の作品の映像化については、デビュー作のキャリーの映画化がヒットして以降、映画では興行成績がふるわないものが多くなり、次々に映像化されるものの非ホラーの「スタンド・バイ・ミー」以外は評価も興行成績も高くないという状況が10年以上続いた。「ミザリー」の高評価で一時見直されたが、やはり当たりはずれがあり、以後映像化された作品については、どちらかというと「ショーシャンクの空に」など非ホラー作品に高評価のものが多い。
作品同士のリンク
「スタンド・バイ・ミー」「クージョ」「ダーク・ハーフ」「ニードフル・シングス」などはキャッスルロックというメイン州にある架空の街を舞台にしており、そのため作品同士がリンクしていることが多い(「スタンド・バイ・ミー」の事件の話が「ニードフル・シングス」の中で言及される、「ダーク・ハーフ」の登場人物が「ニードフル・シングス」に出ている、など)。
そのほかキャッスルロックを舞台にしている作品は多く、リンクしている作品も数多くある。
リチャード・バックマン
別ペンネームリチャード・バックマン名義で、『痩せゆく男』、『レギュレイターズ』などを発表。
キングが別ペンネームのリチャード・バックマンを使った理由は、キングが小説家としてのキャリアをスタートさせた当時、米国出版業界では1人の作家は1年に1冊だけ出版する、という風潮があった。 その頃多作型の作家は、別ペンネームを使うことで年に複数冊の作品を出版していたので、それにのっとりキングもリチャード・バックマン名義を別に使うことで、年に2冊自らの作品を出版しようとした経緯がある。
その他の意図としては、同じ作家が別ペンネームで書いた本がどれだけ売れるかキングが試してみようとした、とも言われている。
もっと詳しい説明
|